メンデルの遺伝学説

第9週 第4日(木)

チェコの修道士グレゴール・メンデル(1822~1884)がエンドウマメの実験を始めた19世紀半ばには、遺伝については次の2つの学説が主流だった。

一つは、両親の特徴がどちらも同じように混ぜ合わされて子供ができるという説。

もう一つは、子供を身ごもる環境が、その子の特徴を形成するという説。

メンデルは、これがどちらも間違っていることを証明した。

メンデルは修道院の庭を何度も散策しているうちに、えんどう豆のシンプルな特徴に気づいた。

えんどう豆の花の色が白か紫、その中間はなく、さやは黄色か緑色だ。

背丈は高いか低いかで、豆は丸い柏があるかだ。

こうした、混ざり合わない特徴を全部で7つみつけ、彼は実験することにした。

さやが緑のえんどう豆と黄色のえんどう豆を交配させると、子はすべてさやが緑色だった。

ところが、この第一世代を自家受粉させると、次の世代は四分の一が黄色いさやだった。

同様のことは背丈などその他の特徴にも現れた。

この結果からメンデルは、のちに「遺伝子」や「対立遺伝子」、「優性遺伝と劣性遺伝」と呼ばれる考え方を導き出した。


現代では劣勢遺伝子は、決して劣ることではないという考え方から顕性遺伝子と呼ばれている。

遺伝子は2つの形質の情報をもち、優勢の形質が現れるということはわかったが、なぜ確率的にそれが現れるのか疑問に思う。

0か1かどちらかの性質が必ず現れるが、それを決めるものはどうやって決まるのか気になった。